- コミュニケーションって何?
- コミュニケーションとは?
- コミュニケーション能力とは何か
- コミュニケーションを和訳したら?
- コミュニケーション能力を日本語にすると?
- コミニュケーションの本当の意味?話すこと?
この記事でいちばん言いたいことは、コミュニケーションの意味や定義ではなく、言葉の定義や意味について深く考えることがいかに大切か?ってことなんですね。
猫も杓子もコミュニケーション!世の中が求めているのはコミュニケーション能力!コミュニケーションはすごく大事!企業が学生に求めるスキルが、コミュニケーション能力だったりします。そして、問題なのは、「コミュニケーション能力」という言葉をたくさん使う人ほど、その言葉の意味を理解しているのかが疑問です。
「コミュニケーション能力って何?」って質問に対して自分なりの定義や意味を説明できない人がコミュニケーション能力という言葉を使うべきではないし、仮にコミュニケーション能力の意味や定義を持っているのなら、「コミュニケーション能力」という言葉を使う必要もないのです。
もくじ
1.とにかくコミュニケーション能力って何?
- 「お客様とコミュニケーションをとっている?」
- 「上司と部下の関係もコミュニケーションが大事だよ」
- 「ビジネスは職場とお客様のコミュニケーションだよ」
- 「成功する人はコミュニケーション能力が高い」
「あなたは、日本コミュニケーション教の信者ですか?」と突っ込みたくなります。
どーも!エニアグラム講師の木村です。
ディベートでもエニアグラムでもコミュニケーションで悩んでいる人が多すぎ。
人のこと言えませんが・・・。
いつからか流行ったのか、この意味不明な横文字。
その言葉の概念や意味も解らずなんとなく凄い!と思い込んでいるのは、宗教と同じなんですよね。
1-1 コミュニケーション能力の意味?
コミュニケーションの一般的理解
- 自分の想いを相手に上手に伝える力なのか?
- お客さんや上司と意思疎通をする力なのか?
- 愛想笑いを振りまいて、仲良くすることなのか?
- 交渉・折衝を通じて成果を上げるのことなのか?
日本語で直接伝えると角が立つから、横文字で濁しているわけですが、ここに同じコミュニケーションという言葉を使っている同士の認識の違いが生まれています。
<横文字の誤解>
- 上司
「●●くん。キミに足りないのはお客さんとのコミュニケーション能力だよ」 - 部下
「そうですね。キチンと自分の考えをお客様に伝えるようにします。」 - 上司
「わかっていないなー。コミュニケーションは伝えることじゃないんだよ。相手の話を「聴く」ことなんだよ」 - 部下
「はぁ・・・(だったら最初に「聴くこと」って言えよ)」
この会話はいかがでしょうか?この場合、部下はコミュニケーション能力が高いといえます。上司の言葉を聴いて、その意味を部下なりに考えて、オウム返しをしました。一方、上司は、物凄くコミュニケーション能力が低いです。
なぜなら、相手に誤解を招くような言い回しをして、結果、部下は勘違いしました。そんな部下に対して、自分の伝え方に問題があることを気づかず、あたかも相手が間違ったような言い方をする。
こうやって被害者がひとりひとりとぽつぽつ増えていきます。
これを回避する方法はカンタン!コミュニケーションやコミュニケーション能力なんて言葉を使わなければよいわけです。もっと相手に伝わる言い方があるので、どう伝えれば相手からわかってもらえるか?それを考えればよいわけですね。
1-2 コミュニケーションの定義を17通りに分けてみた
の記事では、コミュニケーション能力の意味について強引に17通りに分けてみましたが、「コミュニケーションってそもそも何なの?」という質問に全く答えていませんでした。
ディベートの講師とかをしているとよく質問されるのが、人と上手に話をする方法なんですね。「どうすればコミュニケーション能力があがりますか?」という相談はよくされます。もちろん、知っている限りのことは答えていきたいと思いますが、自分でそこまでコミュニケーションが得意だとは思っていません。
時々、コーチングなどの仕事で、「コミュニケーションに自信があります!」と堂々と言っている人って怪しいというか痛い。なんとなく小手先のテクニックだけを教えている感じです。
2.「コミュニケーション」の語源から考える
コミュニケーションの本当の意味って何だろう?と考えていたら、ピッタリな日本語訳はあるようでないんですね。そもそも英語ですからね。もしも日本語で正確に伝えられるのであれば、コミュニケーションなんて言葉を使わずに日本語で表現をしているはずです。
このように、「伝達をする」「伝える」を英語に訳しても訳し方は状況や方法によって千差万別です。ここら辺が英語って難しいんですよね。今回は、英語の話ではないので、一度この話は割愛しますね。
コミュニケーションという言葉にも、固有の意味がある!ということだけを覚えて下さい。
では、「コミュニケーション」という英語をあえて使うのかというと、ピッタリな訳が存在するようで存在しないからです。
なので、少し遠回りになりますが、「コミュニケーション」という言葉を日本語に訳そうとせずに、まずは英語で考えてみましょう。
2-1 コミュニケーションの語源
Communicationは、communicate + tionのつなぎ言葉です。communicateには、情報などを伝達するという意味があります。そして、その上位概念にCommunityという言葉があります。いちばん、キモとなるのは、Communityです。
- Community:(同じ価値観、利害、国籍、文化を持つ特定の)共同体、共同社会
- Communicate:特定の情報などを伝達する<動詞的な意味>
- Communication:伝達、伝達すること<名詞的な意味>
今度は、上から順番に訳していきますね。Communityが存在して、そのコミュニティーを動かすために、Communicateという行動が求められ、その行動をひとまとめにしたものが、Communicationになります。
最初に、「報告する」という行動があって、その報告を促進化する手段として「ネットワーク化(つなげる)」という次の行動が生まれました。名詞にしたのが、「情報」です。
話がそれましたね。本題に戻りましょう。
2-2 コミュニケーション+能力とは?
あなたが属しているコミュニティーから必要とされる能力何です。
日本語にするなら、コミュニティーに貢献できる能力なんです。
コミュニケーションの一般的な解釈と誤解
- 人と上手に話すこと
- 周りの人と意思疎通をとること
- 人の話をキチンと聴くこと
確かに、上手に話せて、周りの人と意思疎通が取れればそれに越したことはないでしょう。また、人の話をキチンと聴ければ、嫌われることもないかと思います。
ですが、そのコミュニティーに貢献したいという気持ちが根っこになければ、結局どんなに素晴らしい能力を持ってもコミュニケーション能力がない人になってしまうんですね。
3 「共同体(コミュニティー)」の概念
コミュニティーとは、共同体・共同社会を意味します。
ひとりひとりの集まり、集団を指します。
利益,目的を同一にする人々の結合体。 (1) 社会学では,アソシエーションに対する用語として,自然発生的に共同体意識,共属感情をもって生活している人々の生活体もしくはその地域社会をさして使用される。
コトバンクより
3-1 コミュニティーとは?
国家、企業、学校はコミュニティ
- 国家:利益・目的-平和で文化的な生活をするために国家運営すること
→「政府」、「企業(営利以外の法人を含む)」、「国民」が存在する - 企業:利益・目的-お金儲けをするため。長く運営するため。
→株主、経営陣、従業員、お客様、その他利害関係者が存在する - 学校:利益・目的-未来を担う未成年・若者を教育するため
→文部省、先生、生徒、親が存在する
「国家」「会社」「学校」にも特定の目的があるから存在しているわけです。これを哲学の世界では、リーズンディーティール(存在理由)と言います。そして、国家(政府)、企業、学校は社会という大きなコミュニティーが機能するために、必要な期間なんですね。
国家(政府)が存在しなければ、無秩序な社会になります。企業が存在しなければ、生産的なことはできません。学校が存在しなければ、私たちは無知のまま一生を終えます。
コミュニティーの目的は、長く存続することです。これは、私たちが1日でも長く生きたい!と願っているのと何ら変わりありません。もちろん、コミュニティーの中にいる人が先なのか?コミュニティーそのものが先なのかは鶏と卵ですが。
3-2 コミュニケートの意味
コミュニティーの意味が共同体なので、その共同体を動詞にしたものがコミュニケートです。共同体を繁栄・存続させるためのなんらかの活動活動がそれに当たるんですね。
やや極論かもしれませんが、私なりに考えてみました。
- 政府-国民の安心、安全、自由を第一に考えて動ける人
- 企業-利益に貢献するために組織の中で立ち回る人
- 学校-勉強や課外活動をして、たくさん学んでくれる人
もちろん、コミュニティーは、政府、企業、学校だけではありません。あなたが所属している部活・サークルもコミュニティーです。もっと言うと、家族すらもひとつのコミュニティーです。
そして、そのコミュニティーには、何らか特定の目的があるということで、自分の役割を理解して、そのコミュニティーの目的を達成するために何らかの働きかけを行うことがコミュニケートの本来の意味になります。
3-3 コミュニケーションの意味
辞書では「伝達すること」と訳されていますね。では、なぜ伝達すること=コミュニケーションと訳されるようになったのかというと、私たちが上手に言葉を伝達してくれる人を求めてきたからです。
例えば、原始時代・・・武器の作り方や使い方を教えてくれないと、人類は全員マンモスに食べられていました。もちろん、武器を持っていても、ひとりの人間がマンモスに勝てるはずがありません。
みんなの指揮をとってくれる人達を求めていました。いわゆる、リーダーですね。リーダーはいちばんコミュニケーション能力が高かったわけです。
そして、狩りから農業の時代です。雨や嵐で農作物が吹っ飛ぶとみんな飢え死にしました。ところが、雨や嵐がい作るのかを予測できる人は誰もいませんでした。
そこで、予測ができるであろうと思われた呪い師がコミュニケーション能力が高いとされました。
こう考えると、コミュニケーションとはコミュニティーが生存するためのツールです。そして、コミュニケーション能力とは、個人がコミュニティーを発展させるための生存戦略だと考えることもできますね。
4.本質を知らずテクニックに走ると・・・
最近では、ビジネスパーソン向けのコミュニケーションを向上させるための講座もたくさんあるようですね。
- 傾聴とか
- ペーシングとか
- NLP
- オウム返しの方法とか
- メラビアンの法則とか
- スピーチ講座とか
枚挙にキリがないので、これくらいで。
4-1 コミュニケーション講座=教科書のテクニックのオンパレード
【コミュニケーション、向上】とググると、小手先のテクニックを教えているような講座が多いですね。
その代表例がメラビアンの法則。
メラビアンの法則を学んでも話すのが下手になるだけ
プレゼンテーションやスピーチの講座に参加をすると、よく耳にするのが、このメラビアンの法則です。 おそらく、この記事に訪問をしてきた時点で、メラビアンの法則は聞いたことがあると思います。 この記事でお伝 ...
本質を理解せずに、プロの講師からテクニックを教わっても、コミュニケーション能力なんて向上しません
その本質とは、これまでに伝えたように、あなたがコミュニティーから必要とされているか、どうかだからです。同時に、あなた自身がそのコミュニティーを必要としているか、どうかも大事です。
その本質を無視して、
傾聴、ペーシング、オウム返し、メラビアンの法則、ロジカルシンキング
などを学んでも、知識こそ得られますが、その先の変化はないんですね。
4-2 テクニックが逆効果になる場合も
あ、こいつ・・・セミナーに通って変なテクニックを学んでいるな!!
普段すっぴんの人がいきなり厚化粧をしてきたような不自然さです。
周りからはバレバレです。
それよりも、あなたがその場で必要とされるためにはどうすればいいか?を真剣に考えるか、それが辛かったら去ってもよいと思っています。転職をしても、付き合う人たちを変えても、それは恥ずかしいことではありません。
5.コミュニケーションでいちばん大切なこと
そのコミュニティーが長く存続するために貢献したいと思える気持ち!
これだけで充分です。
この気持ちさえあれば、意見が違う相手とでも向き合って良好なコミュニケーションをとることができます。
もちろん、ケンカになるかもしれませんが、それでも根っこによいコミュニティーを創るために貢献したい!という気持ちがあれば信頼関係を保つことはできるんですね。
そこにテクニックは必要ないのかもしれません。
6.【最後に】コミュニティーを創る側に回ってもOK
いかがでしたでしょうか?
コミュニケーションの定義が、そのコミュニティーが長く存続するために貢献したいと思える気持ちなんて、ディベート講師らしくないことを言っているように聞こえるかもしれませんね。
だからこそ、
即興ディベートワークショップをひとつの「場づくり」としの機能を持たせた
即興ディベートワークショップでは、一つの企画(ディベート)をみんなで作り、完全に参加型にしています。このほうが、講師である私が主役にならずとも、みんなで「場」を創っていけるんですね。即興ディベートワークショップ自体が、ひとつのコミュニティーとしての機能を持たせています。
だから、ディベートの試合が終わった後に、選手一人ひとりに感謝の意を込めて、「●●さんの、この論点が興味深くて、みんなに××なことを気づかせてくれたんですよ」とキチンと言葉で伝えています。
勝敗は二の次で(笑)
競争をしながら「共生」の仕組みづくり
ディベート=競争のイメージをお持ちかと思います。決して間違っていないのですが、何のために競争をするか?がすごく大事です。
色々と考えた結果、お互いに影響しあい高めあうためでした。その競争はツールとして競争をすることは正しいことなのです。