ディベートとディスカッションの違い-テーマが対立形式か?

投稿日:2017年2月11日 更新日:


ディベートとディスカッションの違いについてです。

ディスカッションのつもりがディベートになった。ディベートをしているつもりが、どういうわけかディスカッションのような感じになった、という相談を参加者の方から受けました。

恐らく、原因はテーマ選びだと思います。

はじめに

1.テーマの作り方が違う

ディスカッションとディベートでは、テーマそのものの作りが全く違います。これくらい違います。

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  • ディスカッション-「5W3H」で話し合う-「何をするか」「いつするか」「なぜするか」「どこでするか?」「誰に対して行うか?」「どのように行うか?」「どの程度行うか?」「予算はどうするか」など、テーマの概要を決める
  • ディベート-「YESorNO」を決める-5WH3で決めたことを実行する・しないか、をその場で決めるために、意見を戦わせる

ディスカッションのテーマは、ディベートのようにするorしないがハッキリと決まっていません。

「●●についてどう思いますか?」といった茫然な内容なものばかりです。その内容についてみんなで意見効果をして具体的にしていくのがディスカッションです。例えば、こんな感じですね。

1-1 ディスカッションのテーマ

  • テーマ1.来季の事業予算をいくらするべきか?
  • テーマ2.2020年はどんな教育が求められているのか?
  • テーマ3.グローバル社会で企業が生き残るためには?

凄く抽象的な質問ですよね?「こんなんで議論になるの?話が盛り上がるの?」と突っ込みたくなると思います。もちろん、盛り上がりません。議論にもなりません。各自が自分の思ったことを言って、お互いにちょっとしたコメントを加えます。

「あーそうだね。」「一概にいえないんじゃないの」と言って終わりです。

もちろん、中には物凄く盛り上がるディスカッションもあります。ですが、ほとんどの場合、主催者サイドの人達が何らかのシナリオを用意しています。

 

1-2 ディベートのテーマ

対して、ディベートのテーマは、意見対立が前提す。必ず意見が割れます。「来期の予算は2,000万円追加するべきである」で考えてみて下さい。賛成であれば賛成する理由を論じる。反対なら、その逆を行うだけです。

例えば、「2020年はどのような教育が望ましいか?」というテーマではディベートは行えません。どちらの立場に立つか解らないからです。代わりにこのようなテーマならディベートになります。

  • 「英会話の授業を増やすべき」
  • 「教科書をタブレット化するべき」
  • 「飛び級留年制度を取り入れるべき」
  • 「外国人専用の語学教室を設けるべき」
  • 「幼稚園・保育園を義務教育過程に組み込むべき」

と、とりあえず具体的に「する・しない」の形に落とし込み、賛成意見と反対意見の両方が考えられる状態を作ります。

先ほど、「ディベートのつもりがディスカッションの用になってしまった」と相談をした方は、「日本の教育を改善するべき」というテーマでディベートをしていたからです。

対立軸は作れたのですが、具体的に何をするべきか、まで固めることができずに、お互いの議論が噛み合わず、結果として、ディベートの試合が「教育改善とは何ぞや」になってしまいました。

1-3 テーマ3をディベートにすると・・・

では、テーマ3は・・・と言いたいところですが、ここは宿題です。あなたなりに、どのようにしたらディベートのような議論になるかを考えてみて下さい。

もしも、ここでテーマを作ることができたら、あなたは今の会社で提案ができるようになります。

 

2.議論=ディスカッション+ディベート

何か重要なことを決めるために、会議や議論をするしたら、ディスカッションの考えとディベートの考え方を必ず分けてみて下さい。

その上で、両者のよいところ取りをするように心掛けて下さい。

2-1 「作る」→「決める」

どういうことかというと、ディスカッションがみんなでアイディアや意見を出し合いながら、これから何をするかを決めるプロセスです。

対して、ディベートは既に出来上ったテーマを実行するべきか否かについて議論をするプロセスだと思って下さい。

会議や話し合い、議論で失敗するパターンは、

  • 意見やアイディアがたくさん出して、論点が本題から脱線していく
  • 結論に結び付かない。いつもスタート地点に戻ってしまう

に集約されます。原因は、ディベートのように、「具体的なテーマを実行するべきか否か」で議論をしあうトレーニングを積んでいないからです。

2-2 ディベートができないと悲惨なことに

例えば、先ほどの事業予算案の議題ですね。例えば、あなたが「来期の予算は、2,000万円にするべき」と提案したとします。

ところが、みんなから、

  • 「2,000万円は現実的な数字じゃなよいね。」
  • 「なんで2,000万円が妥当な数字だと思ったの?」

と質問(もしくはツッコミ)を受けて、上手に説明できずに黙ってしまいます。

そこから、他の人が「じゃあ、8,000万にしましょう。」といいます。もちろん、理由はあるようでないです。

更に別の人が、「いや、1,000万にしましょう。」と言います。こんなことを繰り返して、最後に誰かがこうまとめます。

なら、「間をとって2,000万円で・・・」で

2-3 もしもここでディベート思考ができると

ちょっと話を戻して、みんなから、

  • 「2,000万円は現実的な数字じゃなよいね。」
  • 「なんで2,000万円が妥当な数字だと思ったの?」

と突っ込まれたときに、もしもあなたがあなたなりの理由を説明できるようになったらどうなるでしょうか?

  • 2つの議論が生まれます。
  • 事業予算案を2,000円にするべきか?
  • あなたの理由を採用するべきかどうか?

この2つを焦点にして会議が進められます。ここまでくるとしめたもの。あなたが論じるべきことは、2,000万円が妥当だという立証をすることです。それを焦点に議論は進められます。

2-4 但し、必ず勝てるわけではない

もちろん、キチンと理由を説明すればその意見が通るわけではありません。

場合によっては、具体的に説明したことが仇となり、却下される可能性が高まるかもしれません。どういうことかというと、具体的に説明すればするほど、その意見を採用するべきではない理由を相手に与えてしまうからです。

これは国会議員が自分たちの政策を国民の前で具体的に語らないのと一緒です。例えば、教育設備を充実させるために、予算2兆円を追加させる、という制度を発表したら、そのお金の出所について説明する必要があります。

すると必然的に増税案が前に出てきます。国民や他の議員から、みんなから反対されてその案は可決しなくなります。

ですから、国会議員たちは、「子供たちの教育を充実させるべきだ!」としか国会中継で言えないわけです。

もちろん、「具体的に何をなさるのですか?」と質問されますが、「子供たちが笑って過ごせる社会を作るべきだ」と言葉を変えて反復するだけの繰り返しです。

これがよいか悪いかは解りませんが、ディベートのテーマのように具体的に掘り下げれば掘り下げるほど、会議や意思決定の場では不利になるということも同時に覚えて下さい。

但し、これも考え方で、会議の場で議論として、少しでも前に進めば、あなたの発言に意味があったということです。

 

 

 

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