■日本人は孤独に耐える力があるか?
どんなに貧しくても、不幸な境遇にいても、家族・友人・恋人など支えてくれる人がいると実感さえできれば、苦痛は和らぎます。逆に考えると、どこかに属していない状態は、日本人にとって耐え難い苦痛なのかもしれません。それこそ安全欲求を脅かすぐらいのレベルで。
海外と日本を比較して考えてみましょう。
もちろん、海外でも孤独を感じて日々生きている人はいるのかもしれませんが、日本との違いは宗教の影響力かもしれません。キリスト圏では、教会がひとつのコミュニティーとして機能している側面があります。
「神様は見守ってくれている」「同じ神様を信じている」と、教会に通っている人たちが集まって、そこでひとつのコミュニティーが形成されます。
中高時代にアメリカで暮らしていた経験もあってか、そこら辺の事情はよく知っています。
彼らは辛いときには、"God bless me always(神様はいつでも守ってくれる)"と口にしていました。何か辛いことがあれば、教会に足を運び、救いを求めることができます。
教会に、社会のヒエラルキーはもちこみません。大企業の社長もホームレスも同じ神様を信じる仲間なのです。
※別に宗教に入ることを推奨しているわけではありません。私も無宗教から。
話を戻しましょう。マズローの帰属欲求にある
- 「仲間が欲しい」
- 「家族が欲しい」
- 「皆と仲良くしたい」
- 「いつも皆で笑っていたい」
は、与えられて当たり前だと、思い込んでいることが原因かもしれません。
生まれたときに家族はいます。これは当然。日本の学校は義務教育だから、学校に行けばクラスがあります。友達はできます。学校を卒業して就職活動をして働き始めます。会社に行けば、一緒に働く仲間がいます。
こう考えると、日本はコミュニティーを作りやすい社会なのでしょうか?
もちろん、あなたが自らコミュニティーを作ることもできます。
欧米的な価値観では、コミュニティーは与えられるものではなく、自らの実力で作っていくものだ、という教わります。
少なくとも、私はこのように考えて生きています。
この能力を、コミュニケーション能力を意味するのか、ここでは論じる気はありません。
特に日本人は、帰属欲求が他の国の人達に比べて強い国民とも言われています。
村社会の影響なのか、他の国の人たちと比べて集団民族の遺伝子が強く受け継がれている!といった研究もあるくらいです。感覚的には解るのですがやや疑問です。